2009年7月10日 (金)

雑記

また電波ブログを書いていたら、急に通信の不具合があって保存する前に書いたエントリーが見事に消える
どう考えても天罰か、もしくは読まされた人の怨念の仕業としか思えん
それにしてもアクセス数が欲しい~、アクセス数が欲しい~もっとうばってこころを~
(@広告がどうも小説関係で痛々しくて嫌、でもココログは宣伝消すのに月額1000円近くかかるので250円のはてブに変えようかしらと真剣に考え中)

結論、タリーズのドーナッツはダークチョコが一番でファイナルアンサー
白いのはホワイトチョコなので癖があるし、プレーンは生地が他のと違うので濃厚さが無い
と、友達に賛成されなくても意見を突き通す
(しかし、ガチ甘味の人にはかなわんので(あまり高いの食べないので)そういう人は大目に見ていただきたい。)

今月の群像を買ってまう、買ってまう
そしてこれから読むところ、面白かったらまた何か書くカモメ書かないカモメ

八月にあるイベントに行くためのバスのチケットを買う
あとは何のゲームを持って行くかだがコノザマされなかったらブラッドオブバハムートを持って行けるのかしら
やはり、その時期だとDSメインになるのかしらと思ったり思わなかったり

今回は軽くこんな感じ

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2009年7月 9日 (木)

短編小説 「海の少年」

短編小説第2弾です
前作との連作短編のような形になっています
また感想などをいただける方は何かしらのコメントなりをいただけると喜びます
ある程度のクオリティは出せたと思います

「umi_no_syounen.pdf」をダウンロード

次回は都合により未定です
とりあえず今月は読書に耽る予定でその後、考えます
また、このシリーズはあと幾つかあるのですが未完とお蔵入りばかりなので
これで終りです、もしやる気が起きたなら次回はファンタジー作品でないものをアップしようと思っています

@また例によって少しの間ブログ記事のトップに配置させてもらいます、ご了承下さい

前作はカテゴリーからどうぞ
カテゴリー 後藤の小説類

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2009年7月 8日 (水)

雑記、未だ電波やまず

電波的、中二病的とはそう言葉として発せられ
自身で、または他者に対して、そして総体として世間で抑圧すればするほどにエナンティオドロミーとして現れる
に違いない

なんとなく、考える に現代のネタ性問題が書かれていた
これに関して書きたいことがあるのでほんの少しだけ書き込み
こういう事を言うとネタに対するにはネタになる、という見方になるかもしれず
何ともやりづらくなるのだけども
現代、思想の面白い所、また面白い読み方(術)をハウトゥーみたいに誰かが示さねば
どうにもならんくらい、現代、難しい本を読める人が居ないというのが超ヤバイ気がする
だから、それを誰かがやるべきだ
そして繰り返す言うとおり、小島信夫さまは私の作家遍歴(+評伝)で古典の面白さを再発見し
その本自体は絶版だけれど
その意志を継いだかのように書かれた保坂和志さんの小説をめぐってシリーズで
若い読者に小説の面白さを伝え、沢山の文学ファンがそこから現れたという現象は現代では特異な意味があり
それを思想でも誰かがやるべきで、勿論、文学でもそれをまた誰かが始めるべきだということを
後藤は強く思う
その際、現代の作品について語ることが少なくなってしまうかもしれないが
それは他の人が語っているので別に増やす必要はなく
また隙間産業的に面白いことを語ることは誌面上でも邪魔にならないはずだと思うので
今すぐ誰か書いて欲しいし、後藤も読みたいといつも思っているんだよなぁといういつもの電波的結論

さて、このまえ弟と壮絶なバトルが繰り広げられた
それは兄である後藤が某ゲームをしているときに付けていたヘッドホンを見て
それいくらしたんだ?と聞いたところから始まる
弟はキモオタの兄が例のけいおん騒ぎでヘッドホンを買い換えたんじゃないかと
(本物は高いので(8万オーバー)その下位機種を衝動買いしたんじゃないかと思ったらしい。まぁ、律っちゃんのシャーペンは文房具好きなので買ったがな!)
後藤のヘッドホンのメーカーを聞いてきて、なんだ大したこと無いのかと言う
(因みに使っていたメーカーは現在結構悲惨な状況にあるのだとか)
とりあえず、どのくらいの音がするのか聞かせてよと弟が言うので貸してみたのだが
(注釈、偶に書くけど弟の専門は音響の工学)
その音を聞いて弟爆笑
「このヘッドホン、僕がもらった支給品のイヤホンより音悪いジャン

('Д')ポカーン

まず、何を言っているのかわからない
因みに後藤のヘッドホンは数年前、1万円で買ったヘッドホン

「まず、ヘッドホンは3千円くらいの良作か2万オーバーのちょっと本格志向なやつ買わないと意味無いよ
と言われ、ますます何を言っているのかワカランが
とりあえず、弟の手持ちのイヤホン数種と弟が研究室から持ってきていたソニーの何とかスタンダードな品「SONY MDR-CD900ST」とで音比べをする

↓因みにその有名なヘッドホン
http://www.soundhouse.co.jp/shop/ProductDetail.asp?Item=680^MDRCD900ST
amazonレビューだとフラットすぎて面白みはないと書いてあるのだけど
つまり、無個性なのでモニターに最適な作りなのだとか

という事で音比べをしたのだが、自分のヘッドホンと手持ちのイヤホンが酷いことは分かっても
その上の機種の個性とか良さとかが何度言われてもよく分からない
音の解像度とか得意な音域とかそれでいて解像度が邪魔されない云々感ぬんとか

とりあえず、結論としてヘッドホンより良いイヤホンっていっぱいあるし
しかも値段はそれほど関係ないといわれ
ショックだったのでamazonレビューで良さそうだったPhilipsの2千ちょっとするヤツを買う
(こういう時の後藤の傾向、わからん事は自分で考えないで頑張って情報を集める)
そして弟の支給品イヤホンと勝負

「う~ん、低音が出てるね~。それでいて中音が邪魔されてないから良い感じでかなりの良品だけど、曲によっては聞きづらいのもあるかな~
と言われ、言われたとおりに弟が用意した幾つかの曲を聴いてみる
そして

('Д')ポカーン

言われたはいいが何となくしかワカラン

「わかんないなら意味ないジャン、こだわってもしょうがないジャン
と言われ、ショックを受け、というかそれから何度聞き返してもはっきりとは分からない
そして、あまりにも反応が酷いので弟はそれを付けてプレイしているゲームにまでケチを付け始める
「っていうか、何なのそのクソゲー、そもそもゲームって音のデータ大したこと無いし、ミキシングも・・・・(以下略

(゜Д゜)もう怒ったぞー!

ここからバトル開始、以下は省略
そして結論は初音ミクのすばらしさを弟に伝えることは出来なかった

長かったけどそんな今回の電波雑記

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2009年7月 7日 (火)

オワタ電波ブログ

結局またもや、生活リズムをうまく作れず体調が崩れ脳がスパークする
ここ最近、まじで電波ブログしか書いてないからいよいよ
後藤オワッタと思われそうだけど
こういうスパークしている時は電波ブログを書くに限る

問題はアウラの話だ

↓宮台真司さんのブログから引用
■ベンヤミンによれば、彫刻は絵画よりアウラがあり、絵画は写真よりもアウラがあり、写真は映画よりアウラがあり、映画はテレビよりアウラがある。つまり、表現に降臨する実物性--別言すればソレが何かをsubstituteする表現だという性質--が生々しく感じられるということである。

これは正しいのに違いないが、昔のマル激でフィギュアにアウラがあると発言していたのにはどうも違和感がある
つまり、2,5次元問題だ
電波ブログなので適当なことしか書かないが
どう考えたってフィギュアよりもニコニコに上げられている動画の方がアウラに満ちているじゃないか
と思った
(多分、それほどに動かないものと動くもの(自分の認知していないところでも動くと知っているもの)には差があるに違いないのだ)

中二病と中二病でないものの差とはどこにあるのか
これはかなり難しい、90年頃、サイコさんなミステリーがはやり
狂気を含んだ作品が大量に現れた
中二病の語源は某カリスマラジオ人のコーナーからだが
彼がダメ人間をあれほどに語れたのもそのブームがあったからに間違いはない
そして、そのうち人々がニセモノの狂気と本物の狂気を見分ける目が付いてきて
気の迷い的な常人の狂気を中二病として揶揄し抑圧するようになった
そして抑圧された物は抑圧された分だけ無意識にたまり吹き出す
・・・という電波な文章

MMDがこれからどうなるのかが気になる
フリーソフトは企業に勝てるのか、職人たちの動向に期待

という今回の電波ブログ
そろそろまともなネタを書かないとさすがにまずい気がしてきた

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2009年7月 6日 (月)

どうでもいい雑記

日曜、かなり最悪の出来だったけどレジュメを終えたので
この日は一日ゆっくりしようと思いゲーム(例のアレ)をしていたらいつの間にか夜になっていてビビル
とりあえずの反省、今週はドラクエ出るし、下手をするといろんな事そっちのけになりかねないので要注意な夏となる模様

先日友人にこのブログでタリーズのドーナッツが旨いと書いていたから食べたけどそうでもなかったと言われショック
理解不能だったので今一度食べてみる、やはりガチウマ
因みに夜は酸化して美味しくないかもですが、夕方までのは最高だと思います
あと、ハニーウォルナッツは午前中しか旨くない説(すぐに味が落ちる)が後藤の中であるので注意です、多分本当だと思います

ここ一年くらいの雑な勉強が手探りで浅く広くつづいていたけれど、それが意外なことに良い感じに身についてきていて感動
と思いながらとある作品を書き直し中
昔、天下の器のすごい人にお前の文体を完成させろと言われたけれど
最近、何となくそれが掴めた気がする
が、しかし、ガチ文学者見ればこうなることは傾向として一目瞭然なのかもしれないけれど
現れてきた文体は自分が思っていたのとはちょっと違った
(あまりキメキメで格好良くはなかった)

バツイチで文学の講師をしているすごい人が
恋愛の不可能性というのを語っていたのを聞いてとても面白かった
人間はどうして好きなのかという問いには答えられないのに
他人には聞きたがり、そして大体おじゃんになる運命があって
それを避けるには私が好きだからということで無理矢理強化して
単一性(互いの取り替えのきかなさ)をアピールしたり
あなたが好きな私は本当の私じゃない的な理論を煮詰めて
好きな物を決定しているものとかは自分(の意識)の外にある的な概念にたどり着ければ
どうにかなるかもと言っていた
が、実際にはかなり難しいらしく
そのすごい人は友人の結婚式に招かれた話を皮肉たっぷりに笑い
少なくとも未だ恋愛に夢を持っている人たちの前に立ちはだかっていたのでそれは絵として凄かったけど
しかし、スイーツの恋愛幻想はそんなもんじゃ崩れないからもっとやらねばならんのか!
(と後藤は勝手に想像したりしていた)

急にここ最近、中二病が大事と思ってきたかなりヤバイ感じ満載なのだけど
それはそれとして有名批評家のすごい人がエヴァの映画を見てきてイタさ(中二病っぽさだと思う)が無くなっていて
すこし盛り上がれなかったといっていて、ということは現在中二病をもとめる声が世間にあるのではと勝手に思う
(というかもっとしっかり書けるけど今回は片手間にしか書かないので書かない)

今回はそんなどうでもいい話

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2009年7月 5日 (日)

ガッカリ雑記

大変なことが起きている
先日、ニコニコ動画に大量の初音ミクPVがアップされ
そして今現在も増え続けている
ニコマスは最近、ノベマスの活気の方が目立つようになり
良質MADが少なくとも去年ほどに現れなくなって
もう、3DMADの文化はこのまま廃れてしまうのではないかと思っていたら
SEGA神さまがツールとしての有用性もすばらしいゲームを作って
現在、ニコ動音楽MADに活気が戻ってきている
おそらく、この反応ならば据え置きゲーム版も発売することになるだろうから
そうすると、また新しいMAD文化が始まることになる
これは楽しみで仕方がない

が、そんなことはどうでもいい人には本当にどうでもいい話だろうから
今日もガッカリしていってね
(今回は動画はあえて貼りません、興味のある方はニコ動の「DIVAエディット動画」タグで検索してみてください)

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2009年7月 2日 (木)

雑記、古典とSFの話

横光利一の短編、「春は馬車に乗って」を読む
少し前、プロレタリア文学もどき作ったとき横光氏の「機械」を参考に作ったと言うのがあって
改めて読むために手に取ったけれど、この美しさは何なのだろう
苦しみは目の前に存在し、そして目の前の苦しみが自分の辛さよりも激しいだけに
主人公の鈍感さは増していく、そして死した妻を見たくないと、それまでは自分の中で生きているのだから
という言葉を実現するかのように作品中では死を書かない
その前に作品は季節の移り変わり、つまり留まらない時間(=病魔)を切に感じながら幕を閉じる
今一度、日本の古典は素晴らしいものが沢山あるということを再認識した
古典の中には自分と肌が合わないものもあるけれど
それはそれとして、そういうものは無視すれば良く
自分の好きなもので日本文学を理解しようとした方が研究するのでは無いならば
一番実があり、楽しい方法だと思う
(まさに消費者的な物事のとらえ方だけれど)

最近、少しだけSFに興味がわいてきたので軽く調べていると
伊藤計劃という人の死を嘆くコメントが多方面にあり、何者なのだろうと
超弦領域というオムニバス本に収録されている中編を読んで驚く
まず文章力が凄い、そして格好いい
その上、テーマが複雑にもかかわらずまとまりがあり味わい深く
特にこの作品のテーマが意識という問題を扱っていたので個人的にヒットしたというのもあるけれど
このクオリティはSFファンたちがその死を惜しむのもよく分かるという内容だった
それにしても、SFファンの人のその熱は何だか健康的なオタクみたいでとてもすがすがしい
自分たちが良いと思った物を徹底的に愛でて、そして次々と現れる大量のSF作品の登場に喜んだり悲しんだり、たまにマジでむかついたりする
SFファンの人たちはジャンルなどは簡単に飛び越えてしまう様も面白い
文章だろうが映像だろうが文学作品だろうが
自分がSFだと思った物は誰が何と言おうとSFと言ってしまうという姿勢は
何だか目から鱗
自分は文学というものがどういうジャンルかよく理解できていないのに
この人たちは自分たちのSF感を揺るぎなく持っていて
そして仲間とぶつけ合ったりしている
中々にうらやましい光景

文学と文学じゃない物の境目ってとても難しく
一つは簡単に権威で、誰かがそう言ったからで決めるのが楽なのだけど
そうではなく自分の基準を作ろうとした場合
何をどうして良いのか分からなくなってしまう
何が難しいって何故これが文学じゃないのかという事を理論づけるのが難しい
結果としてこれって少し文学要素入ってる気がするという結論になるしかないくらい
ファジー(死語)というか量子力学的な%の存在感というかで難しい

雑記が長くなるけれど
伊藤プロジェクトさんには是非、文芸誌で何かを書いて欲しかったと思った
この人なら絶対びっくりするものを書いただろうに
とりあえず、この中編の書き出しをほんの少しだけ書かせていただくけれど

 例えるなら私は書物だ。いまこうして生起しつつあるテクストだ。

 私は以下の記述を生み出すよう育てられたアルゴリズムだ。凡百のソフトウェアに比べれば恐ろしく複雑ではあるが、そう機能するよう記述された存在であることに変わりはない。書物を生み出す書物。(以下は本を読んでください)

格好良すぎる!

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2009年6月30日 (火)

事が事なのではっきりと書かせて頂きます

最近、佐原敏剛の罵言が酷くなっていると聞き、2chの彼のために設置された隔離スレを覗いてみると
その佐原敏剛がこの後藤のブログの新しいタイトルは自分のアイデアで命名してやったと書いていて驚いた
勿論、このタイトルは後藤が自分自身で付けたタイトルで当の佐原敏剛とは去年の末、ブログで記事を書いたあの時に会って以来、顔を合わせていないどころか連絡も取っていません。
(一応蛇足ですが、タイトルの解説をさせて頂くと、電波=ネット的なものとイタイ電波の意味を含み、書き言葉は情報を書き言葉にエンコードする時のノイズを含む(つまり先日書いた文体=エクリチュールに付着するエントロピー)の意で、つまり電波的なノイズ(エントロピー)と書き言葉に変換時のノイズでこのブログは溢れているという、まとめていってしまえば「後藤ゆたかの電波的文体でつづるブログ」というユーモアな意味を含ませたものですが、別にそれこそが電波的ですし、どうとって頂いても構わないです)
後藤は年明けに携帯電話をイーモバイルに変えたので佐原敏剛は後藤の番号もメアドも知らないはずですし、ここのブログにフリーメールが貼ってありますがそこに連絡は来ていません
なので、助言をしたというのは彼が後藤に対して何らかの迷惑行為として書き込んだのか
それとも彼の精神症はそのような幻覚すら見てしまうのか定かではありませんが
さすがに迷惑行為もこれほどまでに続くと身内に心配もかけてしまったようで
このままではいけないと、これを期にはっきりとさせておいた方が良いと思い
無関係な方には不快に思われるかもしれませんが書かせていただきます
(また2chに後藤が書き込みをしているのではないかという事を言われた方がいましたが、ブログを実名で書いていることから分かるように後藤は2chのような匿名掲示板に匿名で書くような事はしません。身内でハンドルネームを使うことはありますが、それはあだ名のようなもので後藤は基本的に匿名発言はしません。最近始めたtwiterはハンドルでやらなきゃいけない空気があるのでハンドルでやってますが・・・とはいってもmixiのプロフィールに書いてあるので知っている人は知っていると思います、因みにmixiは後藤ゆたかで検索できると思います(というかmixi、twitterともにろくな内容を書いてないけれど))

断言します
後藤は金輪際、佐原敏剛と関わる気はありません
また、彼が後藤に近寄ってきて他の方々に迷惑が掛かると良くないので
後藤は佐原敏剛が万が一後藤に近寄ってきた場合、容赦なく彼を追い払うという行動を取らさせていただきます
その行動を見て、周囲の方々は慌ててしまうかもしれませんが、徹底することが重要だと思うのと
彼は関わった人々に対し、迷惑行為、それは主にその関わった人々の悪口をネットに書き込む習性があるためにその点に関してはご理解いただきたいと思います
また、このブログに佐原敏剛のコメントがきたならば見つけ次第消しますし
ブログの記事にもこれから佐原敏剛の名を出すことは余程の事件に巻き込まれない限りないと思います
なので、彼目当てでこのブログに来ましても目新しいものは何も増えないということもここに書き加えておきます

また、去年以来、彼は参加していませんが後藤がメインメンバーのひとりとして参加している読書会から佐原敏剛を除名していただくよう管理者にお願いし、近いうちにそうしてもらうことにします
これにより、佐原敏剛との縁はさっぱり切れると思うのですが、それでも悪質な行為で関わり迷惑行為を行った場合、最悪の場合は法的手段を(彼の場合、急に危ない物を振り回して暴れる可能性も無いとはいえないですのでその時は警察のお力を借りようかと思います)、そこまでいかなくともそれなりの対処を考え実行し、徹底して関わりを断つつもりでいます

長くなりましたが、最後に
この件に関し、多少なりとも心配してくださった方が周囲、またブログの読者の方に居たようで
ご迷惑をかけたことを反省するとともに、感謝の気持ちを伝えたいと思います
後藤はまだまだ精を出して活動に励むつもりです、これからも後藤と後藤のブログをよろしくお願いします
慌ただしい文章を書いてしまいましたが、最後までお読みいただきありがとうございました

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2009年6月29日 (月)

雑記、ブログタイトル更新

ブログタイトル変更しました、当分の間はこのタイトルでやっていこうと思います

ここ最近、暑い日が続くので喫茶店に長居していると店員たちがバイオパワーを使い冷房ガンガンにして客を追い出そうとする行動をとりはじめるので
寒いのが嫌いな後藤としては凄く居づらくて出て行ってしまう
権力には敵わない

ここ最近、色々な非モテに会ったので色々と考えた
そこでやはり参考となるのはナンパ学(そんな学問はない)の宮台真司さんで
ブログのエントリーにも書かれているが
あまりにも男女関係が気軽になりすぎたせいで
期待水準(現実に期待できること)と願望水準(自分が心の底で本当に望んでいること)が大暴落したということが大きいと思う
だから、これじゃない感といまじゃなくてもいいや感から適当に付き合ったり、ぼんやりし続けて非モテ(もしくは慌てず長く異性と関係をつくらない状態)でいつづけたりするのではなかろうか
なるほど大問題だ
が、これは語るとアツクなりすぎるので今回はここまで

雨が降らない日は良い日、降る日は悪い日
梅雨にもかかわらず、不思議な日が続く
異常気象だったらどうしようと思ったり思わなかったり

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2009年6月26日 (金)

雑記

晩年、凄惨なほどに身を落としたのにも関わらず
その死にはメディアを含めたくさんの人々が反応せずにはいられない
マイケル・ジャクソンのスター性には圧倒される
それは死の時にすらも運命が働いたのではと思わせるほどで
現時点での反応などを見ているとここにファンと、そしてマイケル・ジャクソン本人への大きな救いが実現しているように思える
それ故に、その偶然的には出来すぎている出来事にスター性を感じずには居られない
見事、マイケル・ジャクソンは過去の人となり忘れられる前に人々の心に残ることになった
そこには天晴れな様を感じる

共感性をコミュニケーションの一環だとしたら
現代について語ることは内容よりもコミュニケーションツールとしての機能が高いというのは本当のことだろうと思う
そして、アニメファンが今現在放送中の作品に一喜一憂する様はまた、現代にも語るべきものがあるという事の表れなのであろうけれども
残念なことに文学には多くの人に心躍らせる話題作は長い間現れてはおらず
それは多くの人の感想を読んでみる限り村上春樹作品でも無理だったようだ
楽しそうに言い合いをしている特撮ファンやアニメファンの姿を見ていると
文学で、このような言い合いをする日が来るのはいつなのだろうかと考えてしまう

身の回りは世知辛い話ばかり
このままだと本当に多くの人が路頭に迷う世の中が訪れてしまう
どうにかならないものかと思うが
ふと、最近、人間は動物になったが動物になったせいで色々な物事が支障を来し始めたので
気がついた人が人間に戻って(環境と闘争し始めること)動き始めているということが
少し少し、世の中に見えてきたのではないかとも最近思う
これが間違っていなければ世の中はそれほど大事には至らないのだけれど

今回はそんな感じ

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