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2009年5月16日 (土)

短編小説「千年樹と少年」

(追記)当分の間、ブログのトップに記事を配置させてもらいます

小説よりブログの方が面白いと言われている後藤が
ブログよりも小説の方が面白いと思い直してもらう為に短編小説をアップするコーナー第一回目
読んで面白いと思った方は出来ればコメントを下さい
今後の参考にしたいです
(後藤ただいま迷走中)
一応、個人的な感触としてブログよりも面白い出来となっているので
ブログを良く読まれる方は読んでみると楽しめると思います

今回の作品は昔、宮沢賢治になりたくて書いた作品のリライトです
基本的に話の本筋は問題なかったので文章のつたないところをひたすら直しました

↓「千年樹と少年」
「sennenju_to_syounen.pdf」をダウンロード

次回はこのような短編がもうひとつあるのでそれに手を付けようと思います
とりあえず身内の方だけでもコメントをお願いします
ネット創作は褒めて伸ばす仕組みになってると「ねとすたシリアス」でも言ってましたし・・・

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コメント

 こんにちわ。おひさしぶりです。太田です。
 「千年樹と少年」、読ませて頂きました。
 初読でどうこう言うのはかなりあれなのですが、軍用ヘリで脱出できてしまっては帰らずの森ではないと思うのですよ。光の中では見えなかったものが闇の中に浮かんでいたり、時計が逆回転して昨日が明日になったり(cf.「まっくら森の歌」)、撃たれた獣が極彩色のガラスや氷の粉片になったりなおかつ生きつづけたりするのが、間違いなく、まさに間違いなくくり返し起こるのが夢(onirique)で、あるいは森で、樹木と少年が話せるのにもその確信がもてるのだと思います。問題なのは、夢を誰が語りうるか、夢の淵がどのようなものかであり、けれど他人の夢は参照することはできず、自分の夢は醒めてしまい、検証も証明も不可能であるからこそ、様々な実験としての散文作品が可能なのだと思います。

 というような話を、6/28(日)の日本ラカン協会ワークショップで予定しています。「宮澤賢治とラカン」です。もしお時間がよろしければおいで下さい。
 以上、宣伝を失礼しました。


(コメントをもって「面白かったです」にかえさせていただきます)

投稿: 太田和彦 | 2009年5月24日 (日) 11時48分

丁寧なコメントありがとうございます
「宮沢賢治とラカン」参加してみたいと思います
(知識に偏りがあるのでどれ程ついて行けるかはわからないのですが)

@ヘリで帰れるなら帰らずじゃない
言われて気がつきました。何と言うことでしょう

投稿: 後藤ゆたか | 2009年5月24日 (日) 14時32分

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